守谷賢輔「人種差別撤廃条約における『人種差別』と人種差別的発言の不法行為の該当性」『福岡大学法学論叢』60巻1号(2015年)
2009~10年の在特会による京都朝鮮初級学校襲撃事件に関する民事訴訟の大阪高裁判決の判例評釈である。
一審の京都地裁判決が人種差別撤廃条約を適用して在特会による「人種差別」を論じ、1200万円という損害賠償を命じて大きな話題になったのを受けて、二審の大阪高裁は結論を維持しつつも、理由の部分については地裁判決を変更し、独自の判断を示した。
守谷は、一審判決、二審判決を、従来の日本の裁判所における人種差別撤廃条約の適用事例を比較・検討し、二審判決の特徴を描き出す。論点は、人種差別撤廃条約の「適用」方法、私人間の差別問題の扱い、人種差別撤廃条約と損害賠償額の算定、無形財産の金銭評価である。勉強になった。
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守谷は論文末尾で次のように書いている。
「在特会の活動をめぐる一連の判決は、ヘイト・スピーチ規制の是非だけでなく、ヘイト・クライム規制を行うべきかを検討する重要な契機ともなりえよう。/ いずれにせよ、かりに法規制を行うのであれば、私人に対するものよりも、公人に対する規制が最初に行われなければならない。」(143頁)
これは遠藤比呂通論文が「公人による『慰安婦』に対するヘイト・スピーチを禁止することを緊急にやらなければならない」としたのを受けている。同時に、人種差別撤廃条約第4条(c)を日本政府が留保していないことに着目したものだ。
同感である。ただ、具体的にどのような方策を考えているのだろうか。それは書かれていない。守谷論文の主題からやや離れ、論文で検討していない論点だからだ。
第1に、「公人によるヘイト・スピーチ」という身分犯規定の新設であろうか。公務員犯罪には、公務員職権乱用罪や特別公務員暴行罪などがあるが、特別公務員ヘイト・スピーチ罪といった刑法規定とするのか。それとも、公務員法その他の特別刑法か。
第2に、これとつながる問題だが、対象、実行行為をどのように設定するか。西欧諸国はそもそもヘイト・スピーチを犯罪としているので、「公人」に限定していない。誰がやってもヘイト・スピーチはヘイト・スピーチだ。「公人による差別犯罪」や「公人によるヘイト・スピーチの重罰規定」は見た記憶があるが、「公人によるヘイト・スピーチ」という独立規定はあまりないのではないだろうか。もう少し調べてみたい。
第3に、「慰安婦」に対するヘイト・スピーチという対象の限定である。欧州諸国はもとより、世界の多くのヘイト・スピーチ規定は、人種や言語や宗教に動機を有するヘイト・スピーチの規制という一般的な記述になっている。特定の「慰安婦」のような限定をした立法例はあまりないのではないか。
この点で参考になるのは、「アウシュヴィツの嘘」犯罪の処罰規定である。『ヘイト・スピーチ法研究序説』及び『ヘイト・スピーチ法研究原論』で10数カ国の立法例を紹介したが、最近、「救援」論文でその続きを紹介している。世界に「アウシュヴィツの嘘」「ホロコーストと否定」「歴史修正主義」の犯罪規定は20数カ国に存在する。私自身、「アウシュヴィツの嘘」型の処罰規定の新設(慰安婦の嘘犯罪、南京大虐殺の嘘犯罪)を提案してきた。とはいえ、条文化はなかなか難しいのも事実だ。引き続き検討課題だ。