Saturday, January 08, 2022

フェミサイド研究文献レヴューの紹介02

3.文献で論じられたテーマ、問題点、挑戦の概観

 

3.1 フェミサイド確認(同定)の挑戦(困難)――共通の定義の不在

フェミサイドに関する文献を分析すると、フェミサイドの定義は異なる分野とアプローチにまたがっている。1990年代に定義が試みられた時もそうであった。Bart and Moran, Violence against Women. 及び Radford and Russell, Femicide: The Politics of Woman Killing.である。

Corradi et al (2016)は、次のようなアプローチに分けている。

1.フェミニスト・アプローチ:家父長制支配に焦点を当てる・

2.社会学アプローチ:女性殺害に特徴的な形態を検討する。

3.犯罪学アプローチ:殺人研究の一分野としてフェミサイドを研究する。

4.人権アプローチ:女性に対する暴力の形態と見る。

5.脱植民地アプローチ:「名誉犯罪」のような植民地っ支配の文脈でフェミサイドを研究する。

共通に定義された枠組みを提示する文献はなく、Corradi et al(2016)は、将来の研究として女性に対する暴力のエコロジカルな枠組みに言及している。つまり分野横断的で複合的な枠組みであり、フェミサイドを社会現象として、ミクロ、メソ、マクロなレベルでの暴力行為として理解する。Sheehy(2017)は、フェミサイドを特別な文脈で定義するフェミニスト運動家の貢献を強調する。

UNODOC(2018)は、フェミサイドを、女性の暴力的殺人及び親密なパートナーによる暴力としての女性殺害と見る。多くの文献が、フェミサイドを親密なパートナーによる暴力の文脈で用いている。Fairbairn et al(2017)は、「親密な」という観念に着目する。公的な定義では、親密なと言えば、セックスワーカーの殺害が含まれない。Dawson et al.(20179によると、貧困な国の検死制度では、パートナーによる女性殺害の定義の社会的文化的文脈への文脈依存性を重視するべきである。フェミサイドの定義や、フェミサイドの変数は、社会経済条件を踏まえる必要がある。

Menjivan and Walsh(2017)はフェミサイドではなくフェミニサイドという言葉を用いて、制度的暴力や差別的慣行に焦点を当てる。それによって不作為による実行のパターンに光をあて、予防、保護、訴追を提供できなかった間接的メカニズムと、性暴力、脅迫、女性指導者を標的とするような直接行為の双方を浮き上がらせる。

ジェノサイドの一例としての女性殺害という理解もある(Hagan and Raymond-Richmond,2009. Rafter,2016)。

法の履行におけるフェミサイド概念の使用についても議論がなされている。Ingala Smith(2018)は、EUや国連の政策枠組みでは「非政治化」の危険があるという。第1に、フェミサイドに関するウィーン宣言は、実行犯が圧倒的に男性なのに、ジェンダー中立な用語を用いている。第2に、フェミサイドに関するウィーン宣言は、商業的性的搾取の過程で殺害された女性に言及しない。ラディカル・フェミニストの見解から、Ingala Smithは、家父長制社会における女性殺害という政治的行為に焦点をあてる。

Howe and Alaattinoglu(2018)は、フェミサイドと戦略的に闘うために刑法を用いることの利点と障害について検討する。フェミニストがそのために闘ってきた法改正の論争的検討を提示する。

Liem and Koenraadt(2018)は、家庭内殺人の研究において、フェミサイドという用語が用いられない理由を批判的に検討する。

逆に、Corradi and Stokl(2014)は、こうした見解は理論的なデザインがあまりに広いとし、フェミサイドの原因をジェンダー不平等の帰結と見る。Walklate et al.(2020)は、「ゆるやかなフェミサイド」という表現で、女性がその人生で広範なジェンダー不平等を経験することに注目する。

本報告書はCorradi and Stokl(2014)の提言に従い、個人犯罪としてのフェミサイド情報収集をすすめる。個人が特定の条件下で特定の意図と動機を持って行う殺人である。フェミサイドは不平等なジェンダー構造に基づいた、構造的暴力であり、ジェンダー差別、性差別主義、女性蔑視に基づいて、被害者との信頼、権威、不平等な力関係で行われる。

 

3.2 フェミサイドに関するデータの欠如

 

犯罪行為として法律でどのように定義するかは、その犯罪に関する情報が収集されるか収集されないかを枠づける。刑法でいかに規定するかによって、その行為が特定の国において許されているか許されていないかは、刑法の定義にかかっている。殺人に関する情報とフェミサイドに関する情報を比較するには、困難がある。Dawson and Carrigan(2020)は、適切な情報を収集する重要性を強調する。フェミサイドに関する犯罪学や法医学の調査は、その調査目的に制約されて、比較可能な情報収集をはたさない。法医学文献では特に顕著である。2013年、EUではジェンダーに基づく女性殺害の情報収集が始まった。学術ネットワークがフェミサイドの定義、文脈、実行者に反映し始めた(Weil. Et al. 2018)。

Walby et al. (2017)は、基本枠組みの共有がまだできていないとし、フェミサイドを含むジェンダーに基づく暴力の評価のために情報収集を呼びかける。

 

3.3 データ収集に際してフェミサイド報告が過少であり、見えにくくなっていること

 

既存の情報欠如の一つは過少報告にある。名誉殺人、ダウリーによる女性の死、先住民族女性の殺害のように、親密な関係の外で起きるフェミサイドが見えなくなっている(Walkate et al. 2020)。親密なパートナーが実行犯の場合、女性パートナーの殺害は系統的に周縁化され、見えにくくなる。

Menjivar and Walsh(2017)は、フェミサイドを過少報告とし、隠す国家、制度的暴力、社会の複合性にも言及する。Dayan(2018)は、イスラエルではフェミサイド自殺に関して、被害者も加害者も死んでいるため、詳細な捜査が実施されないためにフェミサイドが過小評価されるという。Bosch-Fiol and Ferrer-Perez(2020)はスペインでも同様だという。