大江健三郎『恢復する家族』(講談社、1995年)
大江健三郎が文章を書き、大江ゆかりが挿画を描いて、医療関係の財団の機関誌『SAWARABI(早蕨)』に連載(1990年~1995年)されたのちに1冊にまとめられた。
タイトルのとおり、家族がさまざまな苦難に出会い、悩み、時にぶつかり合いながらも、徐々に恢復していく過程を描いたエッセイである。テーマ自体は大江が小説で繰り返し書いてきたことだが、エッセイなので、家族の実体験そのものに即して書かれている。大江の読者にとっては、小説とエッセイの区分けも案外難しいが。
「この間には、私の母の二度の入院、やはり二度の光のCD出版、それをつないでのコンサート、大きい発作の後の光を伴っての初めての海外旅行、NHKテレビ番組『響き合う父と子』の撮影、そして今回の夫の受賞、と家族にとって特別な出来事が次々と起こり」(あとがき、大江ゆかり)とあるように、息子を中心とした家族の現状を報告しながらの思索の数々が示される。
家族以外にも多くの人物が登場する。ほとんどは大江のエッセイの常連だ。医師・森安信雄、経済学者・隅谷三喜男、医師・重藤文雄、医師・上田敏、作家・井上靖、詩人・谷川俊太郎、詩人・大岡信、フランス文学者であり大江の師・渡辺一夫、作家・司馬遼太郎、映画監督・伊丹十三、ピアニスト・海老彰子、作家・堀田善衛、作家・大岡昇平・・・
こうして書き出してみると、大江の世界の広さと狭さがよくわかる。これ以外に、海外の作家や思想家たちとの交流もあるので、大江の世界の比類のない広さは言うまでもない。編集者やディレクター等については特に必要がない限り言及がなく、言及があっても固有名が登場しないので、本当の広がりを読み取ることはできないのだが。
息子のCD発売やそれを記念してのコンサートについてのエッセイはふつうなら「親バカ」の一言で片づけられるレベルのものだが、息子を家族に受け入れ、共に生きることを文学の主題とし続けた大江だけに、随所に深い思いと祈りが込められている。