シャンタル・ムフ『左派ポピュリズムのために』(明石書店、2019年)
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ポピュリズムが世界を席巻し、ナショナリズムが肥大化し、人権軽視とマイノリティや難民の排除が進行している。アメリカのトランプ現象、フランスのマリーヌ・ルペン・・・という議論をしてきたが、ムフによれば右派ポピュリズムに関する認識の一面性の陥穽があるという。ポピュリズムは右派・左派を問わない。左派にもポピュリズムの歴史と現在があり、その将来を探る必要がある。
ギリシャのシリザ、スペインのポデモス、アメリカのサンダース、イギリスのコービン、フランスのメランションに注目するならば、西欧諸国における新しい左派ポピュリズムが成長していることも確認できる。そうであれば、オリガーキー(少数者支配)に立ち向かう左派ポピュリズムの可能性を追求しなければならない。それは民主主義を回復・深化させるためのラディカル・デモクラシー戦略を伴わなければならない。
オリガーキーに対する不信、政治家や官僚など一部の特権層による政策形成への異議申し立ては、左派よりも右派ポピュリズムのほうが先に対案提示に成功した面がある。しかし、そこで浮動した世論は右派・左派の対抗軸で動いているわけではない。左派ポピュリズムが彼らの要求を掬い、政策形成に活かしていかなくてはならない。今がそのチャンスであり、ここを逃せば左派には可能性が閉ざされてしまうのではないか。
「ポピュリズムが民主主義を強化するための政治戦略を与えてくれることがわかれば、現在の西欧の状況において、この用語を積極的に定義しなおすことがいかに重要であるかを理解できるようになる。これにより、新自由主義的秩序への対抗ヘゲモニーの政治形態を創出できるようになるのだ。ポスト・デモクラシー期において、民主主義の回復と根源化が検討課題として提起されるとき、ポピュリズムこそがこの情勢に適した政治的論理となる。なぜなら、それは、民主主義に必要不可欠な次元として、民衆(デモス)を強調するからである。人民と少数者支配のあいだに政治的フロンティアを構築する政治戦略と捉えれば、ポピュリズムは、民主主義をコンセンサスと同一視するポスト政治的な考え方に異議を申し立てるものとなる。」(109頁)
「ポピュリスト・モーメントを、単にデモクラシーにとっての脅威としてみるのはなく、民主主義の根源化に向けたチャンスでもあると認識することが急務である。この機会を活かすためには、政治が本性上、党派性を帯びたものであり、『私たち』と『彼ら』のあいだには、フロンティアの構築が必要であると認めなければならない。民主主義の闘技的性格を回復することのみが、感情を動員し、民主主義の理想を深化させる集合的意志の創出を可能にするだろう。このプロジェクトは成功するだろうか? もちろんここには何の保証もない。しかし、現在の情勢が生み出したこのチャンスを逃してしまうことは、深刻な過ちになるだろう。」(113頁)
訳者は、ムフが国民国家を重視していること、左派ポピュリズムもナショナリズムを強調し始めていることを指摘している。その上で「左派ポピュリズム勢力に求められているのは、制度外からの批判的視点をとり込み、つねに自己変革する主体としてあることだろう」という。どうやら、「良いナショナリズム」と「悪いナショナリズム」の間に線を引くことになるらしい。